本日、平成23年7月27日18:30より金沢市東山河岸緑地(浅野川大橋詰)で行われる、「あの日を忘れない」浅野川水害から3年のつどいの冒頭あいさつ原稿を公開します。なんの後ろ盾もない地元住民有志と、それを応援してくださる弁護士さん達の小さな集まりですが、いま金沢にある問題を皆で、ぜひ話し合いましょう。二次会は並木町お好み焼き「どんぐり」で行います。どなたもお気軽においでください。どんぐりのリンク→http://blog.asanogawa.com/?eid=1399256
「あの日を忘れない」浅野川水害から3年のつどい 冒頭あいさつ
1.水害と私たちの暮らし
ちょうど3年前の今夜、ここ浅野川に大雨が降りました。そして翌朝、川が大きく増水しました。ここから見える堤防の切れ目2カ所と水門2カ所から川の水が流れ込み、私たちの町は大きな被害を受けました。民家も商店もマンションも、みんな必死で泥をかき出しました。元の生活に戻るまで、長い時間がかかりました。駐車場になってしまった場所もあります。1年以上かかってようやく再建したお店もあります。みんな、本当にがんばりました。
2.行政の対応
堤防の切れ目と水門は、閉められたはずです。水防計画通りに閉めていれば、私たちの町内はほとんど浸水することはなかったはずです。しかし、実際には堤防切れ目も、水門も閉められることはありませんでした。行政の初動が遅れたからです。しかし管理者である県も市も、その責任を認めません。3年間ずっと、裁判になっても市と県はお互いに責任のなすり合いをしています。
3.今まだ、ここにある問題
堤防の切れ目は、スライドゲート化され、以前よりは早く閉めることができるようになりました。しかし県は裁判で、県が責任を持つのは河原の地面の高さまでで、それ以上の水位になったら責任は持たないと言っているのです。なんのためのスライドゲートなのでしょうか。
市が管理する並木町の3カ所の水門は誰が閉めるのでしょうか。昨日のNHKニュースで明らかになりましたが、74歳の地元のお年寄りが一人で3カ所の水門管理の委嘱を受けているのです。それで私たちの安全が守られるのでしょうか。
4.まとめ
浅野川水害から3年が経ちましたが、水害の教訓は活かされたのでしょうか。今、まだここにある大きな問題を、今日は皆さんで考えていきたいと思います。
金沢市並木町 小坂直樹