金沢 浅野川洪水 水害被災者の日記

平成20年の石川県金沢市のゲリラ豪雨・浅野川水害で被災者になってしまったマンション住民の日記
<< January 2012 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
RECENT COMMENT
MOBILE
qrcode
PROFILE
 
第16回口頭弁論のお知らせ
平成24年3月26日(月曜日)14時00分より、金沢地方裁判所1号法廷にて、第16回口頭弁論が行われる予定です。
第15回口頭弁論の予定
 平成24年1月23日(月曜日)14時30分より金沢地方裁判所1号法廷にて 第15回口頭弁論が行われます。
 3月で提訴から丸3年になります。日本の裁判はどうしてこんなに長く時間がかかるのでしょうか。水害で家や職場を失った人の中には、血のにじむような努力によって、自力で再建できた人もいるものの、経済的な面や、精神的な面であきらめてしまった人も少なくありません。
 あまりにも長くかかる裁判制度は、強者に味方しているように思えてなりません。日本の司法は社会的弱者の味方といえるのでしょうか。
金沢浅野川水害から丸3年 地域住民は今
 昨日の「あの日を忘れない 浅野川水害3年の集い」の様子がテレビ放映されました。

「あの日を忘れない」浅野川水害から3年のつどい 冒頭あいさつ原稿
本日、平成23年7月27日18:30より金沢市東山河岸緑地(浅野川大橋詰)で行われる、「あの日を忘れない」浅野川水害から3年のつどいの冒頭あいさつ原稿を公開します。なんの後ろ盾もない地元住民有志と、それを応援してくださる弁​護士さん達の小さな集まりですが、いま金沢にある問題を皆で、ぜ​ひ話し合いましょう。二次会は並木町お好み焼き「どんぐり」で行います。どな​たもお気軽においでください。どんぐりのリンク→http://blog.asanogawa.com/​?eid=1399256

「あの日を忘れない」浅野川水害から3年のつどい 冒頭あいさつ

1.水害と私たちの暮らし
ちょうど3年前の今夜、ここ浅野川に大雨が降りました。そして翌朝、川が大きく増水しました。ここから見える堤防の切れ目2カ所と水門2カ所から川の水が流れ込み、私たちの町は大きな被害を受けました。民家も商店もマンションも、みんな必死で泥をかき出しました。元の生活に戻るまで、長い時間がかかりました。駐車場になってしまった場所もあります。1年以上かかってようやく再建したお店もあります。みんな、本当にがんばりました。
 
2.行政の対応
堤防の切れ目と水門は、閉められたはずです。水防計画通りに閉めていれば、私たちの町内はほとんど浸水することはなかったはずです。しかし、実際には堤防切れ目も、水門も閉められることはありませんでした。行政の初動が遅れたからです。しかし管理者である県も市も、その責任を認めません。3年間ずっと、裁判になっても市と県はお互いに責任のなすり合いをしています。
 
3.今まだ、ここにある問題
堤防の切れ目は、スライドゲート化され、以前よりは早く閉めることができるようになりました。しかし県は裁判で、県が責任を持つのは河原の地面の高さまでで、それ以上の水位になったら責任は持たないと言っているのです。なんのためのスライドゲートなのでしょうか。
市が管理する並木町の3カ所の水門は誰が閉めるのでしょうか。昨日のNHKニュースで明らかになりましたが、74歳の地元のお年寄りが一人で3カ所の水門管理の委嘱を受けているのです。それで私たちの安全が守られるのでしょうか。
 
4.まとめ
浅野川水害から3年が経ちましたが、水害の教訓は活かされたのでしょうか。今、まだここにある大きな問題を、今日は皆さんで考えていきたいと思います。
 
金沢市並木町 小坂直樹
『あの日を忘れない』 浅野川水害から3年の集いのお知らせ
 連日厳しい暑さが続きますが、いかがお過ごしでしょうか。早いもので、あの水害から丸3年が経とうとしています。多くの困難を抱えながら、家や店舗を建て替えた方や、そのまま駐車場になってしまった土地もあり、私達の暮らしや気持ちは、あの日を境に大きく変わりました。
  3年前に身をもって体験した水害の恐ろしさと、その後の行政の対応を、今一度しっかりと胸に刻み、これからの災害への備えとするために、水害3年の日の前夜に、市民が誰でも参加できる集いを開きます。
  浅野川水害訴訟の進行と展望(弁護団代表より)や、お好み焼き「どんぐり」(復興を遂げた被災店舗)での2次会も予定しております。 
 お忙しいこととは存じますが、皆様のご参加をお待ちしております。
日時: 7月27日(水) 午後6時30分より 
場所: 東山河岸緑地(浅野川大橋詰) 
主催: 浅野川水害被災者有志
第13回口頭弁論の予定
9月26日(月)午後3時半より、金沢地方裁判所にて浅野川水害訴訟第13回口頭弁論が行われます。一般の方も傍聴可能ですのでおいでください。
第12回口頭弁論の予定
 平成23年7月15日(金曜日)14時30分より金沢地方裁判所1号法廷にて第12回口頭弁論が予定されています。
 今回、裁判長の配慮で、初めて1ヶ月間隔での開廷が実現しました。(これまでの3ヶ月おきの開廷は異常なスローペースです)
 今月28日で、浅野川水害から3年になります。血のにじむ努力で復興を果たした被災者の中にも、東北大震災後の自粛の影響で経営が難しくなっているお店も少なくありません。1日もはやい裁判の終結によって、被災者が心理的負担から解放されることを望みます。
第11回口頭弁論の予定
  平成23年6月3日(金曜日)11時30分より金沢地方裁判所1号法廷にて、浅野川水害訴訟第11回口頭弁論が予定されています。
 被告側の都合により、3ヶ月ペースのスロー開廷になっていることには、原告として強い怒り感じます。
 東日本大震災被災地の様子をニュースで見るたびに、3年前の浅野川水害がフラッシュバックしてきます。
 今回の災害で亡くなられた多くの方のご冥福と、被災者の皆さんの一日も早い復興を心からお祈りいたします。
 このような大きな災害でさえ、原発事故を起こした東電の免責は認められず、補償の用意が始められています。
 石川県と金沢市は3年前の浅野川水害の住民説明会では初動ミスによる被害の拡大を認め謝罪したのに、想定外だったとして補償は行わないというちぐはぐな主張を行い、住民に対して、いまだにのらりくらり対応を続けています。金沢にも3年前の水害から、まだ復興途中の人がいるのです。
 地元の被災者との和解なくして、今後の災害対策はできないでしょう。被災者は災害の怖さ、復興には何が必要なのか自らの体験を通して知っています。被災者の協力なくして有効な災害計画は作れないはずです。
 今後の石川県民、金沢市民の本当の安全を考えるならば、裁判の引き延ばしは一刻も早くやめて、紛争の早期解決と新たな実効性のある防災計画を実現してほしいと思います。
石川県知事批判の出来ない地方紙
 2月15日月曜日から時を同じくして、朝日新聞と読売新聞で、石川県知事選挙の「多選・相乗り」検証記事が連載されています。

 わたしも両社から取材を受け、インタビューの内容が両紙の記事になりました。

 読売も朝日も記者たちが綿密に取材を続け、石川県知事選挙の「多選」や政党の「相乗り」が、県政にどのような影響をもたらしてきたのかを、的確に書いています。

 それに比べて、地元2紙の「多選・相乗り」に無関心とも思えるような静けさには、不気味な恐ろしささえ感じます。地方紙の記者は、全国紙の記者以上に、「多選」「相乗り」が、県政に何をもたらしているのかを知っているはずです。でも、それが記事にならないのはなぜか。

 地方紙が知事批判さえ出来なくなってしまうこの現象こそ、多選・相乗りの最も大きな弊害の一つと言えるのではないでしょうか。石川県民として、強い危機感を持たざるをえません。

読売新聞 石川面
朝日新聞 石川面【多選・県知事16年】

*は、わたしのインタビュー記事あり
開いた口がふさがらない金沢市の主張
 浅野川水害訴訟第4回口頭弁論での金沢市の主張
「市管理の水門が閉鎖されなかったことと、被害との間には因果関係はない」(朝日新聞より)

 水門が設置された源太郎川用水に隣接する家が、床上90センチまで浸水し、用水からあふれた水で車が数十メートルも押し流されたという住民たちの声が、市には届いていない、また、聞こうともしないということが明らかになりました。

 このブログにも、用水からあふれた水が滝のように流れる写真を、以前から公開しています。


 市の主張は、この水が金沢市管理の用水からあふれたものではなく、県が管理する堤防の切れ目から来た水だとするものです。(まさに、責任の押しつけ合い)しかし、この滝のような流れは、堤防の切れ目とは逆方向、用水の方向からきています。

 しかも、用水の真横の家が90センチまで床上浸水しているのを、用水の水ではないというのは、あまりの暴論ではないか。市民の声を真摯に聞いていない証拠だ。

 住民の提訴から1年近く経って、金沢市は税金を使って弁護士をつけて、この程度の主張しかできないとは、なんとも情けない。金沢市民として強い憤りを感じます。

Copyright (C) 2012 JUGEM Some Rights Reserved.

Powered by ロリポブログ